8月5日 風立ちぬ に寄せて

こんにちは~、ようやく夏も中盤ですね、お元気でいらっしゃいますか?
さて、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」、みなさんはもうご覧になりましたか?実は恥ずかしい話ですが、私は、この初日に薄暗い映画館のスロープで転倒したのです。それでもケガの痛みをこらえながら最後まで観ました。はは。そんな意味で、私にとっては、すごいインパクトのある映画になりました。でも観終わってから何か物足りなさも感じていました。それが最近ようやくいろんな視点でこの映画をしつこくふりかえる機会がやってきて、ありがたいなと思っています。けがの功名かもしれません。(笑)

参院選の投票日(21日)の前に、宮崎さんは「改憲もってのほか」として異例のコメントを新聞に発表されました。政治への関心のなさ、投票率の低さなどを憂いながらも、こんなときにどさくさにまぎれて憲法を変えようとする動きがあることに待ったをかけられたのです。(最近その張本人の一人がナチスの手口に学んでこっそりと知らない間に憲法を変えればいいとか口をすべらせ、つい本音を露見させましたね。)

わたしは、宮崎さんの寄稿文を読んでからこの映画をみたので、平和へのメッセージは十分に読み取りましたが、なぜ堀越二郎と堀辰雄の風立ちぬをブレンドしたのかという意図がすぐにはわかりませんでした。宮崎作品全般にみられる自然の美しさや大切さと平和をからめたのかしら?ぐらいに勝手に解釈していました。でもまだなんかわからない部分がありそう~ともやもやしていたら、31日にさっそく帝京大の筒井清忠氏がこのブレンドが功を奏していないと批判的に論評されました。(中日新聞)関東大震災から第二次世界大戦の終結までの歴史のダイナミズムを表現しきれていない内容の薄いものだとして残念がっています。そして、この時代の歴史認識に十分な共通解をもっていない現代の私たちの自画像が提示されているようだと締めくくっていました。う~ん、そのようでもあり、なんか違うようなもやもやは、まだ続きます。

そして、8月3日、Eテレで宮崎駿さんの対談番組がありました。ようやく彼の思いの深さと広さにほんのちょっと触れた気がして、ストンとできました。あの時代のダイナミズムと今の時代の複雑さを充分つなげているのが伝わってきました。冒頭が関東大震災で始まることでもそれがすごくよくわかります。3.11の震災を十分連想してしまいました。

あの時代を表すアニメの代表作として「はだしのゲン」や「蛍の墓」があるけれど、この2点は子どもたちが主人公ということで、被害者の立場で戦争の悲惨さや原爆のむごさを0:100で伝える名作ですが、風立ちぬは夢を持つ大人が主人公ということで、加害者的なつながり(純粋な夢が戦争に利用されていく過程や、経済的競争原理の中で原発を存続させようとしている政治の危うさ、いやおうなく原発をうけ入れざるをえない地元の矛盾や、電気を使う便利さに慣れきっている今のわたしたちすべて)を静かにふりかえさせてくれます。

また、どんな時代であっても、人は夢を持って生をまっとうしている姿が豊かに描かれています。すごいです!
ひどい時代だったではなく、どんな中でも一生懸命生き抜いた人たちがいたからこそ今につながっているわけで、今をわたしたちこそが、ひどい時代にして次世代に継がせてはいけないことをひしひしと感じます。

宮崎さんが、日本は経済競争を勝ち越していく資源はなにもないけど、きれいな水と自然だけはたくさん残っている。世界には砂漠だけの国もある中でこんな豊かな自然があることを誇りに思い、競争からはやくリタイアして自然を守ってひっそりと生きていく道を模索する方が日本の義務のようなことをおっしゃった。まったく同感です。

こうしている間にも、放射能の水を垂れ流している日本は、子どもたちや世界に顔向けできない悪行を重ねています。この上、憲法を改悪して戦争ができる国へ方向転換していくのは許しがたいです。だれもが加害者的つながりを持つ現在、これ以上、譲歩しないためにもその歯止めの憲法を守りたいです。だれがつくったかではなく、世界に誇れる普遍的理念をアイデンティティとして持つ日本の憲法を誇りを持って守っていきたいです。
 宮崎ファンとしても、スタジオジブリが旗色を鮮明にしたことに拍手です。
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ぎたんじゃり

Author:ぎたんじゃり
1998年9月に愛知県安城市に開店したフェアトレードとエコロジーを推進するお店です。
2013年6月より、刈谷市に移転し、この地域のフェアトレードの窓口としての役割を担っています。
「Think globally Act locally」の精神で公正な社会、共に生きる社会を目指して、発信を続けていきます。

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