ナショナリズムよりヒューマニズム(記憶の文化を育む)

まだまだ暑いですね~。お元気ですか?平野です。
あっというまに2週間ほど過ぎてしまいました。けがも良くなり、ようやくいろいろとインプットに出かけていたら、落ち着いてPCに向かうことができませんでした。やはりマメではないですね。(笑)

夏はいろいろと歴史を振り返る機会があり、考えさせられます。最近観た映画は「終戦のエンペラー」、読んだ本は、「改憲の何が問題か」(岩波書店)、手塚治虫の「アドルフに告ぐ」、「国境を超えて」(BL出版)、谷川俊太郎の「ミライノコドモ」などなど・・・・。劇団はぐるまの「コルチャック先生と子どもたち」の劇など、
いい本や劇に出会いました。もちろん、いい人たちにもたくさん出会いました。

日本の敗戦から68年の今年ですが、戦争を知らない人たちがどんどん増えています。かくいう私も戦後うまれですが、戦後の自由と民主主義教育をまじめに受けてきたと思います。でも、かつて、日本が他国に対して行った侵略の事実をなかったかのように消そうとしている人たちが増えていることが最近特に気になります。

同じように敗戦国のドイツは、ユダヤ人迫害(ホロコースト)の苦い歴史を持っていますが、中にはその事実を否定する人たちも存在しますが、戦争犯罪を真剣に受けとめ歴史教育に反映させ、過去を克服する努力をたゆまず続けています。けっして平坦な道のりではなかったと思います。戦時中に侵攻したポーランドには謝罪し、歴史認識を共通にする教科書の策定などの努力はすごいと思います。ナチスの犯罪追及やネオナチにも対抗して刑法まで議論して変えているそうです。それらの歴史修正主義や排外主義が二度と台頭しないようナチ戦犯の追求も永遠に続けられています。本当に悪いことをしたという深い反省と二度と繰り返さないという決意でもあると思います。

また、移民も多い国ドイツではドイツ市民としての共通のアイデンティティーを持つことがとても重要だという考えから、歴史の記憶を共有することに力を入れています。

「記憶」は過去のものではなく、常にその時代の人々の価値観や歴史認識で変化するとしたら、正しく方向づけられた「記憶の文化」を育むことが今求められているとドイツ・フランクフルト日本人国際学校事務局長の岡 裕人氏が述べています。これは、出来事の記憶と記憶にまつわるものの総体を「記憶の文化」としてとらえようという思潮がドイツを中心としたヨーロッパで起こっているそうです。

 戦後のドイツは長い年月をかけて、政治や社会、教育、法律を変え、粘り強く対話と相互理解を深める努力を続けてきました。ドイツにも極右やネオナチなどの勢力も存在しますが、常に対抗し続けながら「記憶の文化」を育んできました。

 日本はどうでしょうか? アジア諸国への侵略、従軍慰安婦、原爆・・・の歴史から何を学んだろうか?学びには歴史を真摯に受け止め、やったことの反省から学びが生まれます。忘れようとするのは学びたりないのか、はたまた日本人特有のあいまいさからだろうか?同じあやまちがまた繰り返されようとしていると危惧してしまいます。

 世界に先駆けて不戦の誓いを宣言した憲法がその反省から生まれたものだと学習し、誇りにも思ってきました。
自由と民主主義、人権尊重の文化からそれらを否定するナショナリズムの方向へ、政治が動いています。
戦後の歴史観に共通認識をもつことを避けてきた反省のなさが、今また過去に逆戻りしそうな気配です。

 格差を広げ、ドロップアウトした人々をすくいあげる最後のネットが愛国、日本人というアイデンティティだとしたら、中国の日本人への憎悪をあおるナショナリズムとたいして変わらない気がします。
それに単純にのせられてしまう構図も悲しいです。

ドイツとポーランドが努力したように、日本とアジア諸国が共通の歴史認識を持つような話し合いができるといいね~~。それが反映された教科書で互いに学びあうころ、国境もなくなっているかもしれない。いいね~~。

ミライノコドモ  谷川俊太郎のフレーズより

 キョウハキノウノミライダヨ
 アシタハキョウミルユメナンダ
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・

いい夢を見続けて、いい未来にしたいですね。   






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プロフィール

ぎたんじゃり

Author:ぎたんじゃり
1998年9月に愛知県安城市に開店したフェアトレードとエコロジーを推進するお店です。
2013年6月より、刈谷市に移転し、この地域のフェアトレードの窓口としての役割を担っています。
「Think globally Act locally」の精神で公正な社会、共に生きる社会を目指して、発信を続けていきます。

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